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能楽って何でしょう?
能楽は、およそ670年前の室町時代に観阿弥・世阿弥父子が大成させた歌舞劇、和製ミュージカルです。
日本各地にいた芸能集団の中でも飛び抜けていたので、時の将軍・足利義満に愛されその地位を不動のものとしました。
能楽を構成するものは、
謡(うたい)
・万葉集・源氏物語・漢詩・唐詩などを引用し、七五調のリズムを持つ台本(セリフと歌唱)
・最小限の言葉で情景から心情までを最大限に表現
・言葉遊び(ダジャレ、縁のある言葉の組み合わせ)が充実
型(かた)・舞(まい)
・人の動作の物真似から厳選・圧縮された粋を集めて美化し、理想的な表現方法として定められたもの
・簡単な型を組み合わせて情景・心理を描写
・ダンスもしくは感情を表現する手段としての動きを、絵画的・彫刻的にまで高めたもの
・白足袋をはいて摺り足・・・神事と同じ厳かな気持ちを表現するために、歩行を芸術レベルまで高めたもの
・意味もなく言葉もなく、ただ美しい形がふと現れて消えていくもの
囃子(はやし)
・笛・小鼓・大鼓・太鼓のオーケストラ。囃子方同士が無言で掛け合う緊張感と気合が眼目
・自らハーモニーは持たず、演者や謡にハーモナイズし鼓舞するために、いつも「待っている」
・楽器は敬意を込めて「お道具」と呼ばれる
能面(のうめん)
・喜怒哀楽の一瞬の表情、もしくは中間的表情(無限表情)を表わして彫られた木製の仮面
・デザインの細部に至るまですべて規範がある
・光と影や見る角度から、深く様々な表情を生み出す
能装束(のうしょうぞく)
・直線で着付けられ、舞台という仮の世界で理想化・象徴化された人物や神を表現するための衣
・日本の伝統的文様を洗練に洗練を重ね、集大成したもの
・数々の文様が持つ特徴を十分に生かし活用することで、舞台効果をさらに高める
・「衣装」ではなく敬意を込めて「装束」と呼ぶ
これらに日本人の
自然信仰、美意識、道徳、価値観、歴史観、武士道、信仰心(仏教、神道、陰陽道)
という古代(縄文時代)からのありとあらゆる感性が織り込まれています。
また、過去の悲しい出来事を教訓として物語に残すことにより、未来、同じ悲しみを経験しないように、幸せに生きられるようにとの想いを込めて演じられてきた芸能で、およそ670年続く総合芸術として生き永らえています。
能の演目は約200曲、全てに物語や教訓があります。
どんな芸能でも様々な分野に細分化されるように、能楽も5つのカテゴリーに分類されます。
江戸時代までは、神事である「翁(おきな)=老体の神が過去現在未来を寿ぐ」を演じてから、全5種類を狂言を挟み順番に丸一日かけて(!)上演していました。
1、脇能物(わきのうもの)
神がこの世に来臨して平和な世を祝福する内容です。神事「翁」の脇(=次)に置かれる曲という意味でついた名称です。神格化した松、山の神、ハイテンションな神、龍神などが爽やかに、ひたすら爽やかに(笑)舞います。
2、修羅物(しゅらもの)
修羅道(武士が堕ちる地獄)から武将の亡霊がこの世に戻り、自らの最期や死後の苦しみを語り、救いを求める曲です。平家メインの負け組が出る演目は「負け修羅」、イケイケな人生を送った武将のものは「勝ち修羅」と呼ばれます。
能はレクイエムでもあるので圧倒的に「負け修羅」が多く、主人公は「人が戦うことの虚しさ」を訴えます。
3、鬘物(かづらもの)
美しい女性が優雅で美しい舞を見せる能です。女性が主人公なので能役者は鬘(かづら=カツラ)を着けるため、「鬘物」と呼ばれます。
源氏物語など古典文学に登場する美女の亡霊、草木の精、天女、100歳の小野小町などが主人公です。友達にいたらちょっと厄介な、かまってちゃん系メンヘラが多いです。
4、雑能物(ざつのうもの)
他の4つのグループに入らない演目が分類されます。ハンカチ必須の泣かせる人情物、仇討ち、中国を舞台にしたもの、昼ドラ真っ青なドロドロ愛憎劇などが分類されます。
5、切能物(きりのうもの)
鬼や霊獣、心の中に棲む鬼が登場する能です。狐の化物、幼い源義経と天狗の交流、酒好きの妖怪、武将の怨霊などが現れます。
「切」は「最後」という意味で、「ピンキリ」の語源です。
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能楽は、「立体紙芝居」です。
役者が特定の位置でじっとしているのが、紙芝居の各場面に相当します。一人の語り手が声色を変えてセリフやストーリーを説明するところを、能では以下の役どころが担当します。
・シテ(主人公:仕手 役を仕るという意味)
・ワキ(「ワキ役」ではなく主人公のわき(そば)に、主人公の心に寄り添って物語を進める人、準主役)
・地謡(じうたい:登場人物の代弁、ナレーション)
お客様は静止画を観ているような感覚で登場人物に感情移入し、物語を楽しみます。
また、能役者が面装束を着して舞う姿は、動く美術館とも言えるでしょう。
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グローバル化を突き進む現代、業績主義、能力主義、個人主義など、社会には多様な価値観が溢れています。時代の素早い流れに柔軟に対応できる素養を持つためには、心身の充実が不可欠になっていくでしょう。
江戸時代、武士はいわゆる官僚として政治、経済政策、地方自治のすべてに携わったため、指導者階級としての彼らの精神・身体鍛錬方策として
・礼儀作法(能楽と武士道は直結:礼に始まり礼に終わる)
・物語を通じての「仁・義・礼・智・信・忠・孝」の実質理解
・過去に生きた人々の想いを理解
・日本史・日本文化・精神文化の多面的な理解
・最小限の文字数に季節感や道徳が織り込まれた日本語の鑑賞力
・丹田に力を入れることによる身体能力の向上
を目指す能楽稽古は必修科目になりました。
ゆえに、能楽に親しむことにより胆力が養われ心身が充実し、日本人として揺るぎない自信をつけることができます。
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それでは、能楽の「鑑賞法」というものはあるのでしょうか。
能楽には、決まった鑑賞の仕方はありません。舞台の構成から演出、演者のセリフ・動きに至るまで極端に簡素化されますので、観る人の感性に任せてあらゆる角度から楽しむ自由があります。
演者の気合いを受け止めるもよし、能面・能装束、音楽を楽しむもよし、さらには眠ってしまうのも・・。そこで見る夢もまた、ひとつの舞台なのです。
例えるならば舞台と客席は一つの湖で、演者が生み出すエネルギーが湖面を波打たせます。
お客様は浮かぶ船のようにたゆたい、身を任せて楽しんで頂きたいです。
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能楽の起源は、天照大神を惹きつけ岩戸から出させた女神「アメノウズメ」の舞にあると言われています。滑稽で面白くエロティックだからこそ、岩戸をも動かしたのです。
芸術は本来、人間的で肉体的で滑稽なものです。人も文化も進化するにつれて、それは必然的に失われていくでしょう。
ただ、どんなに進化しようと人間の肉体は変わらないのです。なんらかの形でこの原点に立ち戻らなければ、芸術は根無し草になってしまいます。
また、能楽には、この国でかつて生きてきた人々の心の中に確かにあったはずの観念、美意識、情念が幾層にも折り込まれています。
人間の営みと生命、膨大な歴史と古人の無数の悲喜の上に「今」があります。追い立てられるように生きている現代、私たちはこのことを忘れ、最近の出来事とすぐ先の未来だけを見据え、短絡的な判断を下しがちです。
能楽は、それをそっと、遥かな視野へと誘ってくれます。
能楽の命を永らえさせているのは、これらのエネルギーなのかもしれません。
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★更新履歴★
2020.09.20《能楽茶話会》10/10能楽茶話会のご案内
2020.09.06《能の物語を読む会》《能楽師がご案内する謡曲熟読会》10/4能の物語を読む会、10/11熟読会のご案内
2020.08.12《講座・講演会他予定》10/14~11/11文京区・アカデミア講座のご案内
2020.06.28《能楽茶話会・能の物語を読む会》8/22能の物語を読む会、8/30能楽茶話会のご案内
2020.06.10《能楽師がご案内する謡曲熟読会》9/6熟読会のご案内
2020.06.09《講座・講演会他予定》7/18めぐろシティカレッジのご案内
2020.05.28《能の物語を読む会》6/27能の物語を読む会のご案内
2020.05.25《能楽茶話会・能の物語を読む会》6/14能楽茶話会中止のご案内
2020.05.20《公演予定》6/27,29 久習會「能「邯鄲」「巴」「葵上」」延期のご案内